2017年9月18日月曜日

バンコク市内バスの系統番号変更、挫折か

運輸省(チャトチャック区)と首都圏バス公団(BMTA、ホイクワン区)は、バンコク首都圏内と隣接県を走る乗合バスの系統番号体系を変更する取り組みを始めようとしました。いくつかのモデル路線で新しい系統番号を表記したバスが走っていますが、乗客には不評との報道もあり、本格実施にならず頓挫することになりました。

現在の体系は、1番から207番までと、501番から559番までのすべて数字のみで表される番号。これにエアポートバス系統の[A1][A4]が加わる形となっています。この体系に変更されたのは2001年10月のことで、それ以前はエアコン(急行)バス専用の「ปอ.」(ポーオー)と、それ以外の路線である「สาย」(サーイ)の後に数字が付いた体系となっていました。

今回は、現在8つあるBMTAの管区営業所を2つずつまとめた合計4つのブロックを作り、ブロックごとのイメージカラーの頭文字の後に数字をつけるという、全く新しい体系にしようとしました。各管区ごとのイメージカラーは、次の通り。

G(緑:Green)=1管区(バンケン区)、2管区(ミンブリ区)
R(赤:Red)=3管区(サムットプラカン市)、4管区(クロントイ区)
Y(黄色:Yellow)=5管区(バンクンティエン区)、6管区(パシチャルン区)
B(青:Blue)=7管区(バンスー区)、8管区(カンナヤオ区)

そのモデル路線として選ばれた[54](ホイクワン団地~サイアム循環、8管区モーチット2支所所管)では、赤バスの前面をイメージカラーのブルーに塗り替え、新体系の番号[B44]と、従来の「สาย54」を併記した車両が投入されました。しかし、乗客の間からはสาย路線の時代から長年慣れ親しんだ[54]がなくなるなどとして激しい不評を買い、BMTAやマスコミなどに苦情が殺到しました。このため、BMTAでは9月15日付ニュースリリースで

「系統番号変更計画を一旦中止する。今後2年かけて練り直す」

と発表、計画は頓挫する形となってしまいました。

2017年9月5日火曜日

ホーチミンにもエアポートバス登場

南北間の高速交通を飛行機に依存しているベトナムでは、ジェットスターパシフィック(BL=PIC)やベトジェットエア(VJ=VJC)といったLCCの成長に伴って、航空利用者が急増しています。ベトナム最大の空の玄関口、ホーチミンシティ・タンソニャット空港では、首都ハノイに先駆けて16年3月からエアポートバスの運行が始まり、旅行者に浸透しています。

従来、タンソニャット空港と中心部を結ぶバスとしては[152](ベンタン市場経由Khu Dan Cu Thung Son行き)がありましたが旅行者にはハードルが高く、タクシーや旅行会社によるオープンツアー形式のバスなどでベンタン市場やファングーラオ通りといった観光客の集積地へアクセスするケースがほとんどでした。16年3月に新設された[109]番は、空港とベンタン市場の間を途中無停車で結びます。その先ファングーラオ通りにある9.23公園市内バスターミナルが終点で、この間の所要時間は道路が順調なら約40分です。

運賃は通常の市内バスの4倍の20,000ドン(約100円)。ハノイで運行されている同種のバス[86]が片道30,000ドンなので安いと言われる方もいらっしゃるでしょうが、市内と空港の間の距離がホーチミンは8Kmと近いため(ハノイはノイバイ空港から市内まで25Km)、単純に比較はできません。

始発は午前5時30分。最終バスは空港での表示によると24時ですが、運行を担当するSATSCO(サイゴン空港バス会社)によると0時30分まで運行とありますので、深夜に空港へ到着される方は最終バスに乗れるかどうか、確認が必要となります。

2017年9月4日月曜日

ブッディン解体!「幻の国」ついに終焉へ

カンボジアの首都・プノンペンの中心街に近いところにあったスラム『ブッディン』が、今年6月から解体工事に入り、9月の時点でほぼ更地になりました。郊外のスワイパーと並ぶ未成年者売春のメッカだったブッディンの解体で、エロ事師らに『幻の国』とまで呼ばれたカンボジア現代史の1ページが完全に終わったと言えます。

ブッディンは正式には『White Building(ホワイトビルディング)』と呼ばれ、第1次シアヌーク王国時代の1963年(昭和38年)、当時最先端の高級コンドミニアムとして建てられました。当初は3棟があったといいますが、ポルポト政権時代の大量虐殺で最初の住人だった富裕層や有識者階層はいなくなり、代わりに流れ込んだ底辺層によってスラム化。そのうち放火が相次ぐなどして奥側の2棟が取り壊され、解体直前まで続く形になったと言われています。

1990年代後半、現カンボジア王国が発足しようやく外国人旅行者に開かれた頃には、ポルポト政権時代の極端な共産政策と内戦による疲弊で、ブッディンの住人はその日の糧のために未成年のうちから売春に手を染めなければならなくなっていました。ブッディンは郊外のスワイパーと共に低年齢買春愛好家の巣窟となり、董事長ふくちゃんが初めてプノンペンを訪れた2005年頃には、1回のセックスの価格がUS$5(約500円)というのもザラでした。スワイパーでの売春壊滅に伴って摘発の矛先がブッディンに向かった2000年代後半には摘発→地下潜行→復活を繰り返すようになり、2010年代にはUS$10前後まで相場が上昇したものの、10年代中頃までこの場所での売買春は細々と続けられていました。

しかし、築50年を経た建物の老朽化はもとより、スラム特有の不衛生な環境などで極めて厳しい状態になっていたブッディンは、中央政府主導での再開発が行われることになりました。国土整備都市化建設省(日本の国土交通省に相当)は昨年、外交ルートを通じて国交省都市局都市政策課とJICA(国際協力機構:東京都千代田区)に再開発計画策定を打診。住人に対しては一定の補償金を支払って立ち退いてもらう方針を固め、5月までにすべての住人がこの地を去りました。

そして6月からブッディンは解体に着手。ふくちゃんが3年ぶりに再訪した9月には、9割方解体が完了し更地になってしまいました。跡地には地上21階建ての高層ビルが建設されることになっているといいます。

2017年8月10日木曜日

竹亭シーロム店が閉店!カオサン以来17年でバンコク撤退

カオサン通りで2000年に創業し、移転も含め都合17年間に渡って日本人旅行者に親しまれてきた日本レストラン『竹亭』(バンラック区)が、8月25日(金)でシーロム通りの店を閉め、歴史に一旦終止符を打つことになりました。オーナーの橋本修一さんがFacebookで明らかにしたものです。

ドゥシタニホテル(バンラック区)1階の高級日本料理店『将軍』に勤務したことのある橋本さんが、同店時代の料理人らを誘って独立した竹亭は、2000年6月にカオサン通りの『ナナプラザイン』(プラナコン区)1階にオープン。当初は日本人バックパッカーの全盛期で、バンコク旧市街地区でまともな日本食が食べられる数少ないレストランとして、連日人が絶えませんでした。
現在の竹亭は2005年8月、シーロム通りソイ10入口の現在地に2号店として開業しました。カオサンの本店にはなかった日本食ビュッフェ(食べ放題)を行うなどの努力で、中心街に勤めるタイ人ビジネスマンにも支持が広がり店としての全盛期を迎えます。

ところが、2009年3月。ナナプラザインの閉鎖に伴いカオサン本店は移転を強いられ、ランブトリ通りへ(前記事「ナナプラザイン、閉鎖」参照)。13年には賃貸契約更新に当たって家賃の大幅引き上げを狙った大家の策略により、13年間続いたカオサンでの営業を止めざるを得なくなってしまいます(前記事「カオサンで13年、竹亭本店が閉店」参照)。橋本さんはバンラック区のBTSサパンタクシン駅近くに後継店舗を確保しようとしたものの、結局オープンできずにシーロム店1店舗で事業を継続します。そして今年7月、3年間の賃貸契約を更新しようとした際に再び大家の家賃値上げ陰謀に巻き込まれ、事実上追い出されることが決まってしまいました。

橋本さんはFacebookのタイムラインに

「17年間店を営んできたバンコクの地を離れ、女将の実家がある中南部のプラチュアプキリカン市へ行く。向こうでの出店をマジで目論んでいる」

と書き込みました。バンコクからマレー鉄道で320km下ったタイ南部の入口ともいえる小さな県都で、橋本さんの新たなる戦いが始まります。

2017年8月2日水曜日

那覇空港初のジェットスター国際線就航へ!

ジェットスターアジアエアウェイズ(3K=JSA、シンガポール)は、日本2都市目となる那覇~シンガポール(チャンギ)線の定期運航を開始すると発表、航空券の販売をスタートしました。ジェットスターグループ4社を通じて初めての那覇空港発着国際線であるとともに、これまでシンガポール側からのプログラムチャーターとして運航していたものを日本発でも購入できるようにします。

《11月17日から有効》
3K792 OKA0930~SIN1340 月・金・日曜運航
3K791 SIN0220~OKA0830 月・金・日曜運航

(機材はエアバス320ceo エコノミークラスのみ180席)

那覇~シンガポール間では、本格航空会社(FSC)、格安航空会社(LCC)を通じても初の定期便となります。従来は、FSCであればチャイナエアライン(CI=CAL)、LCCならPeach(MM=APJ)、タイガーエア台湾(IT=TTW)などの便で台北・桃園空港へ出て乗り換えるルートが主流でしたが、毎日運航ではないとはいえ乗り換えが解消されます。

ジェットスターグループでは、オーストラリア(JQ=JST)にしか大型機がなく、ジェットスターアジアが既に持っている関空線は、台北桃園とマニラ(ニノイアキノ)のいずれかを経由して日本とシンガポールの間のフライトを行っています。2012年頃には直行もありましたが輸送力過剰を理由に短期間で廃止になり、スクートタイガーエア(TR=TGW)の前身の旧Scoot(TZ=SCO)が直行可能な性能を持つ大型機のB789で日本に就航した後も変わっていません。

これに対し、那覇とチャンギ空港の間はジェットスターアジアが保有するエアバス320でもギリギリ直行で飛べる距離にあり、先に出されたシルクエアー(MI=SLK)の広島直行便就航発表を受け、「那覇なら行ける」との判断に立った模様です。

2017年8月1日火曜日

AMCEdyカードの新規発行終了!モバイルとデザイン統一

ANA(NH)の販売戦略部門子会社『ANAセールス』(東京都港区)は、ANAマイレージクラブ(AMC)会員に配布するカードを一部見直しました。2016年12月にスマートフォン用のアプリをリニューアルし、搭乗手続きを完結できる『AMCデジタルカード』としたことで従来のプラスティックカードをモバイルと合わせることになり、同時にプラスティックカードで長年提供されてきた『AMC Edyカード』の新規発行も終了しました。

AMC Edyカードは、Edy電子マネーを運営する楽天Edy(東京都世田谷区)が旧社名の『ビットワレット』(東京都品川区)といった時代の2003年(平成15年)に発行を開始しました。当時のビットワレット社にはANAが大株主として関与し、ANAカード(クレジットカード)はEdyを標準搭載、AMCカードはEdy機能の有無を会員が選択できるようにしました。ANAでは、ANAカード・AMC Edyカードにチャージされた残高の利用分、200円ごとに1マイルを付与するなどして、Edy電子マネー黎明期の普及に大きく貢献しました。

その後、2012年(平成24年)にビットワレット社は楽天(東京都世田谷区、東証1部上場)に買収され、現社名の楽天Edyに変わりますが、AMCのマイルを楽天Edy電子マネーに交換できる制度は存続。翌2013年(平成25年)には国内線の機内販売でもEdy決済を開始。運航中の航空機内で使える世界初の電子マネーとして注目を集めました。

しかし、ANAは2016年(平成28年)12月、モバイルAMCアプリをリニューアルした『ANAマイレージクラブアプリ』をスマートフォン向けに提供開始。別に提供されている『ANAアプリ』と併せて使うことで、予約から搭乗手続きまでを1台のスマホで完結できるようにします。ANAマイレージクラブアプリには、国内線でチェックインを省略できる『Skipサービス』や、日本国内各空港の自動チェックイン機にかざして使うQRコードが搭載されていることから、AMCプラスティックカードでも同様の使い勝手を提供する必要があるとANAでは判断しました。

また、楽天グループでは楽天カード(クレジットカード)とAMC一般カードの機能を併せ持つ『楽天ANAマイレージクラブカード』が登場。ANAセールスからも、Edy以外にVISA・JCBのプリペイド機能を搭載したカードが相次いで登場するなど選択肢が増えました。加えて楽天Edyは紛失や盗難、機種変更などによる残高の引き継ぎを一切認めない制度となっているため、海外での紛失リスクが他のEdyカードに比べて大きいAMC一般会員カードへの搭載はひとまず終了したいとANAが楽天に提案。両社合意の上で新規発行終了が決定しました。ANA SKY WEB(ホームページ)からの申し込みは2017年7月3日、空港やANA海外支店、日本全国の旅行会社などに設置されているはがきからの申し込みは6月28日到着分を持って終了しており、今後紛失・磁気不良・ICの不具合などにより再発行が必要な場合はEdy機能のないAMC一般カードに差し替えられます。

なお、ANAカード(ANA VISA Suicaカード、ソラチカカード、東急×ANAカードを除く)については今後もプラスティックカードへの楽天Edy搭載を継続。Androidスマホやおサイフケータイ用の楽天Edyアプリで、利用高に応じてAMCマイルが貯まるシステムも従来通りです。

2017年7月22日土曜日

MRTブルーライン1区間延長、パープルラインと接続

MRTA(都市鉄道公団、ホイクワン区)とバンコクエクスプレスウェイ&メトロ(BEM:チャトチャック区、SET上場)は、MRTブルーライン延長区間のうちパープルラインとの接続にかかるバンスー操車場(チャトチャック区)~タオプン(バンスー区)の1駅間について、8月5日(土)から営業を開始すると発表しました。

MRTパープルラインは昨年8月6日に営業を開始していて以来、ブルーラインとの接続を鉄道庁(SRT、パトゥムワン区)の臨時列車と首都圏バス公団(BMTA、ホイクワン区)のシャトルバスに依存してきました。これは、バンスー駅が地下構造なのに対しタオプン駅は高架構造のため、電車が地下を走り終えて地上に出てくる部分の建設に手間取ったのが理由です。この度ようやく工事が終了し、パープルラインの開業1周年となる8月第1土曜日の営業開始が決まりました。

タオプン駅では2階に改札が設けられ、3階にブルーライン、4階にパープルラインの電車が発着します。両線の電車を乗り継ぐ場合、ノーラッチ(連絡改札無し)で乗り換えができます。

なお、この区間の正式開業に伴い現在行われている国鉄列車とバスによるシャトル輸送は前日の8月4日(金)で終了となります。

2017年7月17日月曜日

SBIカード終了へ!銀行本体のJCBカードで代替

SBIカード(東京都港区)は、自社で発行してきた『SBIカード』のサービスを2018年1月限りで終了すると発表しました。同じSBIホールディングス(東京都港区、東証1部上場)傘下で実質親会社の住信SBIネット銀行(東京都港区、全国銀行協会加盟)がジェーシービー(JCB、東京都港区)と提携して銀行本体でクレジットカード発行業務に乗り出すための措置。ただし、SBIカードではJCBブランドのカードを発行していないため、終了に当たってユーザーに大きな支障が発生することは避けられません。

SBIカードは、住信SBI銀行が開業する直前の2006年から募集を開始したカードで、国際ブランドはMasterCardだけ。後発銀行系として差別化するため、他社にはないいわゆるブラックカードと呼ばれる『SBIワールドカード』やその下の『SBIプラチナカード』が存在し、海外などでクレジットカードをヘビーに使う富裕層には知られたブランドでした。
しかし、住信SBI銀行の開業から10年を経て、ようやく銀行本体でのクレジットカード発行に参入するにあたって、パートナーに選んだのは自社で国際ブランドを運用しているJCBでした。日本国内の商業銀行で、MasterCardからライセンス供与を直接受けているのはJP BANK ゆうちょ銀行(東京都千代田区、東証1部上場)だけ。これに対し、JCBは住信SBI銀行と同じいわゆる新業態銀行に属するセブン銀行(東京都千代田区、東証1部上場)、イオン銀行(東京都江東区)、楽天銀行(東京都世田谷区)と提携の実績があり、SBIホールディングスとしても取り組みやすい相手と判断した模様です。

《お手持ちのカードは?》
住信SBI銀行が今年11月から募集を開始する予定の『MIRAINO CARD(ミライノカード)』とは国際ブランドが異なるため、現在SBIカードをお持ちの会員が移行することはありません。SBIカード会員であっても、MIRAINO CARDを手にするには改めて申し込みをし、審査に通過する必要があります。

SBIカードでのショッピングや各種決済は、2018年1月31日(水)日本時間18時限りで使えなくなります。ただし、MasterCardのシステム上の都合でそれ以降に売り上げ電文が届いた場合でも、1月31日までの利用と分かればSBIカードから請求するとのことなので、マンスリークリア(翌月一括払い)の方は3月の引き落としまで、ミニマムペイメント(リボ払い)なら4月以降も完済するまで、利用中の銀行の預金残高に気を配る必要があります。

海外の加盟店においては、来年2月1日以降、お客様からSBIカードの提示があっても絶対に受け付けないでください。会社レベルでサービスが終了したカードを使おうとする詐欺が行われる可能性があります。

国際クレジットカードがSBIカードしかない方は、来年1月31日の終了をもって手持ちのクレジットカードを失うことになります。MIRAINO CARDは国際ブランドがJCBのみのため、SBIカードと同じMasterCard系のカードを今後も使いたいのであれば、一旦帰国して代替となるカードを早急に探さなければなりません。楽天カードやYahoo!JAPANカード、ビュー・スイカマスターカードなど、選択肢は多数あります。

なお、新規の申し込み、ショッピング利用枠の増枠、ファミリーアカウント(家族カード)の追加は7月31日(月)18時まで受け付け、6月以降の新規入会者には上級カードであっても年会費を徴収しないと発表されています。また、3月から5月の間に年会費の請求があった会員の方には、来年1月のサービス終了までカードを持ち続けることを条件に年会費を返還するとしています。

2017年7月14日金曜日

JALも成田~仁川線廃止、羽田~金浦線に集中

日本航空(JL=JAL 東京都品川区、東証1部上場)は2018年3月25日からの来夏スケジュールで、成田~仁川線を運休(廃止)すると発表しました。会社側では「至近の需要動向に鑑み決めた」としましたが、実行までまだ8カ月もある現時点での発表は極めて異例。JALをはじめとするワンワールドメンバーズの長距離便から乗り継ぐ乗客に配慮したのではないかとみられています。

《成田発2018年3月24日、仁川発3月25日のフライトをもって取りやめ》
JL959 NRT1840~ICN2120 DAILY
JL954 ICN1110~NRT1345 DAILY

(機材はB738 ビジネスクラス12席、エコノミークラス132席)

JALの東京~ソウル線は、1964年(昭和39年)に羽田~金浦間で運航を始めたのが最初で、1978年(昭和53年)の成田開港時に成田~金浦へ変わり、2001年の仁川開港で現在の成田~仁川となりました。2003年(平成15年)に羽田~金浦線が再開される前は、成田~仁川間に1日3便を運航していましたが、日韓間のみを移動するビジネス客は両大都市の都心に近い羽田~金浦線へ移っていきました。

同じく成田~仁川線を運航していたANA(NH、東京都港区)は、グループLCCのバニラエア(JW=VNL、千葉県成田市)が初代エアアジアジャパン(JW=WAJ)の名前で運航を始めた2013年に撤退(前記事「ANA成田~仁川線廃止、エアアジアに移管!?」参照)。JALもジェットスター・ジャパン(GK=JJP)を持っているものの韓国路線には就航しておらず、アメリカン航空(AA=AAL)の北米大陸発着などワンワールドメンバーズの長距離国際線からの乗り継ぎ客を獲得する狙いで、1日1便の運航を続けてきました。

しかし、日本航空は大韓航空(KE=KAL)とコードシェア提携することになり、2014年4月、成田~仁川間に毎日3便運航しているKE便もJALから予約・発券可能になりました。2016年12月からはマイレージ(JMBとSKYPASS)の交流も始まり、ANAと同様、成田発着はパートナーの韓国側に任せ、収益の見込める羽田~金浦線に経営資源を集中する政策を取れる環境が整いました。

今回、この時期に発表が行われたのは、主な利用層だった韓国から北米への乗り継ぎ客やJMB・SKYPASS特典航空券の利用者に対し、少しでも長い予告期間を持たせたいという狙いがあります。

2017年7月6日木曜日

AirAsiaがニャチャン就航!ベトナム中南部2都市目の国際線

AirAsia(AK=AXM クアラルンプール、マレーシア証取上場)は、ベトナム5都市目となるKLIA~ニャチャン(カムラン空港:カインホア省)線の運航を開始すると発表、航空券の販売をスタートしました。カムラン空港への外国LCCの定期便就航は、チェジュ航空(7C=JJA、韓国・済州市)に次いで2社目、毎日運航があるとなれば初めてとなります。

《9月14日から有効》
AK204 KUL1030~CXR1135 DAILY
AK205 CXR1200~KUL1515 DAILY

(機材はエアバス320ceo エコノミークラスのみ180席
 またはエアバス320neo エコノミークラスのみ186席)

AirAsia本体では、KLIA2をハブとするベトナム路線として、ハノイ(ノイバイ)、ホーチミンシティ(タンソニャット)、ダナンの3路線を毎日運航しており、他にタイエアアジア(FD=AIQ)がハイフォンへ週4便運航。今回のカムラン線就航で、ベトナム国内5番目のAirAsiaグループディスティネーションが誕生します。

ニャチャン市はベトナム中南部のビーチリゾートとして知られていますが、これまではLCCで飛ぼうとすると最寄りの大都市のホーチミンシティまで10時間以上もオープンツアーバスに揺られなければならず、バックパッカーもじっくり腰を据えて行かなければならない秘境の趣すらありました。AirAsiaの就航で、外国人が取っ組みやすい旅行先へとニャチャンが脱皮できるか、路線の行方が注目されます。