2017年1月14日土曜日

デルタ航空成田~台北線廃止!!チャイナエアラインに事実上移管

デルタ航空(DL=DAL アメリカ・アトランタ、NYSE上場)は、旧ノースウエスト航空(NW=NWA)の羽田空港時代以来通算で60年以上に渡って運航してきた成田~台北桃園線を、5月24日(水)限りで取りやめると発表しました。同じスカイチームメンバーズのチャイナエアライン(CI=CAL 台湾桃園市、台湾証取上場)が多くの便数を運航し、さらに今年夏ダイヤからはチャイナエアラインと日本航空(JL=JAL 東京都品川区、東証1部上場)とのコードシェア提携も本格的に始まることから、事実上チャイナエアラインに引き継がせる形での撤退となります。

《成田発5月23日、桃園発24日の運航をもって取りやめ》
DL069 NRT1700~TPE2035 水・木を除く週5便
DL579 NRT1700~TPE2035 水・木運航

DL068 TPE1130~NRT1535 火・水を除く週5便運航
DL578 TPE1130~NRT1535 火・水運航

(機材はB763ER デルタワン=ビジネスクラス26席、コンフォートプラス=プレミアムエコノミー29席、メインキャビン=エコノミークラス171席)

旧ノースウエスト航空は、終戦直後の1947年(昭和22年)に日本への国際線運航を開始し、中華民国へは1950年代前半に羽田~那覇(当時は米領)~台北松山~香港という路線を週3便運航していた記録が残っています。1968年(昭和43年)には、伊丹~那覇~台北という路線も開設。沖縄の日本復帰、米台断交の後も、無制限以遠権を軸としたノースウエストの日本ハブ政策によって維持され、1978年(昭和53年)の成田空港開港と同時に成田へ移動してきました。

2004年(平成16年)、成田~広州白雲線の新設と引き換えに一度は台北桃園線の運航を取りやめましたが、広州線は中国南方航空(CZ=CSN 中国広東省広州市、上海A株・香港H株上場)のスカイチーム加盟により事実上移管される形となり、2008年(平成20年)8月30日限りで廃止。翌31日から台北桃園線が復活しました。

台湾国営中央通信(電子版)は、理由について会社側が

「羽田空港の発着枠増加と成田空港の交通量減少の影響」

と説明したと報じました。しかし、ニューヨークで発行されている台湾系中国語紙『美国世界日報』(電子版)は、

「成田~桃園線デルタ便の過去3年間の平均搭乗率は80%以上で推移しており、採算は取れていたが格安航空会社(LCC)の台頭で客単価が下がっていて、それに加え同業他社が北米と中華圏を結ぶ輸送を日本経由から直行便へと切り替える流れにあるため廃止に踏み切る。実際、デルタはシアトル~台北桃園の直行便を開設する意思も表明している」

と伝えました。

日本経由便を直行便に切り替えようとしているのは、ユナイテッド航空(UA=UAL アメリカ・シカゴ、NASDAQ上場)で、ユナイテッドの成田~台北線は2012年(平成24年)夏ダイヤ限りで廃止されています。つまり、先に廃止になった成田~バンコク線と同様に、ユナイテッドが廃止した路線に残っていたデルタ便を、同じアライアンスのパートナー社へ移管する形で廃止とし、将来的な北米と台湾の間の直行化への布石を作ると考えれば話は早い訳です。

この報道が出る直前の1月10日、チャイナエアラインと日本航空は現在羽田~台北松山線のみとなっているコードシェア運航を日台間の全便に拡大するという発表を行いました。予定通り実施されれば、成田~桃園間はチャイナエアライン運航の毎日3便に加え、日本航空運航の毎日2往復もデルタからの乗り継ぎに使えるようになり、デルタは自社便を廃止しても代替できると最終判断した模様です。

2017年1月7日土曜日

イオン銀行総合口座を本人確認書類だけで作る

犯罪収益移転防止法(2007=平成19年法律22号)の改正により、日本では銀行口座を開設する時の本人確認が非常に厳重になっています。インターネットや郵送での申し込みに際し、本人確認が用意できても追加書類が準備できずに申し込みできなくなるケースも後を絶ちません。

小売り大手のイオン(千葉市美浜区、東証1部上場)が設立した新業態行、イオン銀行(東京都江東区、全国銀行協会加盟)の場合、インターネットで請求した申込書に記入して返送すると口座が開設できるのが基本です。しかし、今年10月1日から実施された法改正に伴い、本人確認が極めて厳重になりました。海外在住が長かった人が日本に戻ってすぐに口座を開設しようとしても、できない恐れがあります。

新たなルールでは、従来から義務付けられていた本人確認書類(マイナンバーカード、自動車運転免許証、パスポート、健康保険証など)に加えて、本人または同居家族名義で届いた3大公共料金(電気、水道、NHK受信料。ガスは都市ガス会社と電力小売りの契約をしている世帯のみ電気扱いでOK)の請求書または領収書の原本を添付することが求められました。寮住まいや彼氏・彼女の家に同棲中など公共料金の契約が別姓の他人ないしは会社名義のケース、あるいは海外からの本帰国後日が浅いケースなど、公共料金の領収書が用意できない場合は、イオン銀行の店舗(インストアブランチ)・代理店または口座開設カウンターを設置しているイオンの大型店(イオンモール、イオンタウンなど)に行けば、本人確認書類のみの提示で口座開設をすることができます。

ただし、初めからイオンバンクカード(キャッシュカード)、JCBデビットカードを希望する場合は、イオン銀行インストアブランチのあるイオン大型店に行かなければなりません。口座開設カウンターでは、イオンカードセレクト(クレジットカード)の申し込みを受け付け、審査に落ちた場合にJCBデビットカードを発行する形を取ります。

例えば、成田空港に一番近い大型店のイオンモール成田(千葉県成田市)では、1階にイオン銀行の代理店があります。東京都内ですと、イオン品川シーサイド店(東京都品川区)やイオン東雲SC(東京都江東区)で手続きができます。

2017年1月3日火曜日

空席待ちで多客時のコラート~モーチットを楽々移動!

イサーン最大の都市、ナコンラチャシマ市。第2バスターミナル(コラートマイ)からは、[21]モーチット2行き特急バスが24時間運行しています。が、コラート発深夜のバンコク方面行きは本数が少なくなり、2等の運行はなくなります。VIPバスの空席を待って乗る方法もありますが、コンソン(特急バス公社)の長距離便を空席待ちすれば、日本の帰省ラッシュ並みに切符が取りにくくなる最繁忙期でも楽々移動できるようになります。

コンソンでは、モーチット2とイサーン中部・北部の主要都市を結ぶ長距離特急バスを運行しており、コンケン県以北へ向かう便は全便コラートマイを通ります。上り便の場合、コラートマイで[265]カビンブリ経由チョンブリ線や[340]サケオ経由チャンタブリ線に乗り換える人も多く、コラートマイで若干の空席が出る場合があります。そこを狙って、コラート発でバンコク方面への客が乗り込めれば深夜に民間バス会社の切符売り場で何時間も並んだ末に朝の2等に回るということはなくなります。

コラートマイには4つのホームがあり、バンコク行きが発着するのは第1ホーム。コンソンの長距離便が中継地として使うのは、第2ホームです。第2ホームのコンソン事務所でスタッフに「バンコク行き」という意味の「クルンテープ」と告げて切符を売ってもらいます。2等は148Bt.、1等なら191Bt.です。切符が出たら、スタッフの指示に従って空席のあるバスへ案内してもらい乗車します。深夜から早朝にかけてならモーチット2行きの夜行便が数多く通過するので、選択肢には困りません。第1ホームで民間VIPバス大手のチャンツアー(コンケン市)に空席待ちを断られても最後の手段に使えます。

董事長ふくちゃんは、1月2日夜にコラート県内で『アジアン王国』(ミリオン出版)連載コーナーの取材が長引いてコラートマイ到着が深夜になり、コンソン便の空席待ちで翌3日の午前4時にモーチット2行きのバスに乗ることができました。

2016年12月28日水曜日

戦勝記念塔からロットゥーが消えた!!

運輸省陸上交通局とコンソン(特急バス公社、どちらもチャトチャック区)は、戦勝記念塔ロータリー(ラチャテーウィ区)を発着していたロットゥー(特急ミニバン)に対し、バンコク首都圏内3ヶ所の長距離バスターミナルへ移転するように命じました。10月25日(火)から、首都圏バス公団(BMTA)管理下の首都圏内完結路線を除いてロットゥーは戦勝記念塔を発着することができなくなっています。

バンコク首都圏と地方を結ぶ特急バスは、方面別に3ヶ所設けられたバスターミナルから発着するのが基本です。しかし、1台15人乗りのトヨタハイエースを主に使うロットゥーは大型バスと比べて機動的に動けるため、市内中心部まで運行されていました。最大のターミナルが戦勝記念塔ロータリーで、BTSや公団バスへの接続が非常に便利なうえ大規模商業施設へのアクセスにも優れているとして発着する事業者が増える一方で、日本のバスタ新宿(東京都新宿区)も真っ青の1日に1,000便以上の発着で、ロータリーにつながるパヤタイ通りとパホンヨーティン通りは激しい渋滞を引き起こしていました。

今回、運輸省ではそれら事業者の管理徹底と戦勝記念塔ロータリーの渋滞緩和、ラマ9世プミポン前国王の崩御に伴う王宮前広場行きシャトルバスの安全確保を目的に、ロットゥー事業者に対して3ヶ所のバスターミナルへ移動するよう求め、従わない事業者は路線免許を取り消すとの強硬な姿勢で移転を迫りました。

中部各県と、北部南方、イサーン南部の各県へはモーチット2出発線ホームの一番端っこに設けられたロットゥー専用の乗り場から発着。チャチュンサオ・チョンブリ・ラヨーン・チャンタブリ・トラート・プラチンブリ・サケオの各県へは東バスターミナル(クロントイ区)、南部北方とサムットサコン・サムットソンクラーム・ナコンパトム・カンチャナブリ・ラチャブリ・ペッブリの各県へは新南バスターミナル(タリンチャン区)を発着するのが基本です。ただし、東部・南部路線の一部はモーチット2からも発着します。

なお、北部及び中部各県行きの路線のうちフューチャーパークランシット(パトゥムタニ県タンヤブリ郡)発着の便と、東部方面行きのバンナー交差点(バンナー区)発着便はこれまで通り、それぞれの場所発着で運行されます。

運輸省では、激変緩和措置として戦勝記念塔とこれら3ヶ所のバスターミナルを結ぶ無料シャトルバスの設定をBMTAに要請。当初6ヶ月間の予定で、シャトルバスが運行されます。

このうち、戦勝記念塔とモーチット2を結ぶ路線は朝5時30分から夜8時30分まで、20分ないし30分間隔で運転。高速道路を経由し約15分で結びます。

2016年12月25日日曜日

3Gフィーチャーフォンの新品が激安で買える!!

タイで20年以上に渡って携帯通信の主流を占めていた2G(GSM)携帯電話の終焉が迫っています。13年から2GHz帯3G(W-CDMA)が本格的に導入されたものの、3Gが主流の座にあった期間は短く、15年以降はデータ伝送速度が圧倒的に速い4G(LTE)への移行が急ピッチで進められています。

タイの携帯大手3社のうち、AIS(パヤタイ区、SET上場)は16年6月30日で2G(GSMアドバンス)の電波を止め、3Gと4Gのみの運用になりました。dtac(パトゥムワン区、SET・SGX上場)とのローミング提携で引き続き2Gサービスは利用できるものの、そのdtacとtruemoveH(ホイクワン区、SET上場)もいつ2Gの運用を終了してもおかしくありません。未だに2Gケータイで音声通話をされている方は、早急に3Gへ移行する必要があります。

trueでは、残っている2Gユーザーを3Gに移行させるため、3G・2G両用のフィーチャーフォン『Super3』を発売しました。SIMフリー仕様のため、dtac2G・GSMアドバンスユーザーの移行にも利用できます。

日本のガラケーとよく似たストレート型の筐体に携帯電話としての基本機能を満載。簡易インターネットブラウザ『Opera Mini』を搭載し携帯電話用Webサイトの閲覧ができる他、Facebookのニュースフィードを閲覧できるアプリもあります。さらにデジタルカメラやFMラジオの機能も搭載、充電はAndroidスマホと同じMicroUSBで行えるとあっては、未だにノキアの2G専用フィーチャーフォンを使っている人も買い替えない手はありません。

さらに、タイの3Gは日本と同じ2.1GHz帯(W-CDMAバンド1)を使用しているため、従来タイで売られていた2G専用フィーチャーフォンと違って日本や韓国でも使えます。日本であればNTT docomoとSoftbank、韓国ではKT・SKテレコムの電波形式に対応しています。日本語表示はできず英語での使用になりますが、タイ人が旅行の際にローミングで使うだけでなく、日本人もdocomo系MVNOの格安SIM(IIJmio・Nifmo・0SIMなど)に音声プランを付けてSuper3で運用すれば非常にお得です。特に0SIMは、1カ月のデータ転送量が500MB以下なら無料なので、やり方によっては0SIMとSuper3の組み合わせでケータイ料金節約の「最強タッグ」を組めます。

データプランの料金を抑えたいなら、今まで使っていた大手のSIMをSuper3に付け替え、スマホを0SIMにすれば良し。大手のSIMをそのままにして、Super3に0SIMを付ければ、データ伝送がほとんどないので音声通話の基本使用料を700円にできます。どうしてもフィーチャーフォンを長く使い続けたい音声派携帯ユーザーや、2台持ちにもおすすめの1台と言えます。ただし、Super3は日本の技適マークを取得していないため、国内在住の日本人がそのまま使用すると違法になります。あくまでも在外邦人が一時帰国の時に使う、ないしは会社が海外出張者用に支給するなどの使い道と割り切るべきです。

毎度おなじみのMBKセンター(パトゥムワン区)4階では、Super3は390Bt.(1,300円)で販売されています。超実用的なタイのお土産として、何台か買っておいてください。

2016年12月23日金曜日

PeXからの交換停止全解除!!マイプラ・スカイマイルも再開

共通ポイント交換サイト『PeX(ペックス)』を運営するボヤージュマーケティング(東京都渋谷区)は、長期メンテナンスにより一部の交換先への交換が停止となっていた件について、12月21日付ですべて解除しました。

PeXでは、サイトの全面リニューアルと前後して、2015年12月から約1年間をかけて交換先企業とのポイント交換についてのメンテナンスを行ってきました。最も早くからメンテに入ったのが、ユナイテッド航空(UA=UAL アメリカ・シカゴ、NASDAQ上場)の『マイレージプラス』と、デルタ航空(DL=DAL アメリカ・アトランタ、NYSE上場)の『スカイマイル』で、2015年12月24日からメンテによる交換受付停止となりました。16年に入ると、PeXからしか交換できないスターフライヤー(7G=SFJ 北九州市小倉南区、東証2部上場)の『スターリンクメンバーズ』なども交換休止となり、3月にはほぼすべての交換先が休止。一部ではPeXはもちろん、同一母体のECナビ(運営会社:ボヤージュグループ 東京都渋谷区、東証1部上場)も含めて最早これまでかとの噂が流れました。

しかし、5月以降休止解除になる交換先が現れるようになり、7月11日付でANA(NH、東京都港区)の『ANAマイレージクラブ(AMC)』が再開。9月14日には日本航空(JL=JAL 東京都品川区)の『JALマイレージバンク(JMB)』も再開、10月1日からはAMCにこれまでより少ない単位で交換できるようになるなど利便が向上、後はマイレージプラス、スカイマイル、スターリンクメンバーズの交換再開を待つだけとなりました。

そして、マイレージプラスとスカイマイルが12月12日(月)、スターリンクメンバーズは12月21日(土)から交換再開となり、12月22日にPeX運営は「すべての交換先再開のお知らせ」というリリースを出して丸々1年に渡った長期メンテナンスの完了を宣言しました。

2016年12月21日水曜日

王宮前広場発着便に無料バス集中配車

首都圏バス公団(BMTA、ホイクワン区)は、10月13日に崩御なされたラマ9世プミポン・アドゥンヤデート先代国王閣下の葬儀に絡んで、臨時バス路線や無料バス増発などの施策を実施しています。

タイでは国王および王族方に不幸があった場合、葬儀などの公式行事は王宮(プラナコン区)で行われ、最後は王宮前広場に設けられた祭壇で荼毘に付されます。王宮では、1月20日(金)に行われる百日忌法要までの予定で、プミポン前国王のご遺体を納めた棺が一般に公開されています。開館時間は朝8時30分から午後3時30分までで、1日当たり4万人を上限とするとのことです。

弔問客はバンコク首都圏だけでなくタイ全土から集まっており、プラユット・チャンオチャ首相は鉄道や特急バスで来る地方在住者がそれらのターミナルから王宮前広場まで確実に移動できるように最大級の便宜を図ってほしいと公団に指示しました。公団ではこれを受け、王宮前広場とバンコク首都圏内の主要なターミナルを結ぶ「シャトルバス」を運行することにしました。確認できているだけで、ファランポーン駅(パトゥムワン区)、東バスターミナル(クロントイ区)、新南バスターミナル(タリンチャン区)、北バスターミナル(モーチット2、チャトチャック区)への4路線が運行されています。

エカマイ線は[2]と同じルートを運行するものの、東バスターミナル構内に入って終点となります。ファランポーン駅線は、通常運行されている[53]とは異なるルートを取ります。

この他、シャトルバスだけでは到底足りない上にバンコク首都圏在住の市民にも配慮するため、王宮前広場を通過する赤バス路線全線を一連の公式行事が終了する17年10月までの予定で無料運行します。該当するのは次の路線です。

[1](王宮前広場~タノントック=チャルンクルン市民病院)
[2](王宮前広場~サムロン車庫・メガバンナー車庫)
[3](モーチット2~クルントンブリ駅)
[15](バンランプー~BRTラチャプルック駅)
[25](王宮前広場~パークナム2車庫)
[32](王宮前広場~パークレット)
[47](パーククロン市場~クロントイ車庫)
[53](旧市街循環)
[59](王宮前広場~ランシット車庫)
[60](王宮前広場~スアンサヤーム車庫)
[65](王宮前広場~バンスー操車場~ノンタブリ桟橋)
[70](王宮前広場~プラチャニウェート3車庫)
[203](王宮前広場~バンプラット~ノンタブリ桟橋)

青いステッカーが貼られた無料バス用の車両がかなりの数、それら路線に転配されたものの、それだけでは足りず、公団は本来有料運行用の車両にも「王宮前広場アクセス路線のため運賃無料」という白黒のステッカーを張り付けてようやく所要車両数を確保しました。

2016年12月17日土曜日

陸路でのビザなし入国に制限!!他国のビザランも深刻な影響

外務省(ラチャテーウィ区)は、タイと国境を接する国から陸路で入国する外国人について、ビザなしで入国できる回数を制限する方針を決定し官報で告示しました。タクシン政権末期の2006年9月以降、タイにビザなしで滞在する外国人には様々な規制が加えられては緩められてきましたが、今回はその中でも最も厳しい部類に入るものです。

対象は、タイと国境を接する4カ国(カンボジア・ラオス・ミャンマー・マレーシア)から陸路・海路で入国しようとする外国人です。ただし、隣国4カ国のパスポートおよびボーダーパス所持者は除かれます。

従来は、隣国からの入国は陸路か空路かに関係なく、一律30日のビザなし在留許可が1年に何回でももらえました。これが、12月31日(土)からは陸路のみ1年に2回までと制限されます。空路でのビザなし入国、および正規観光ビザを取得しての入国には、制限はありません。

これは、タイ国内に拠点を置いてビザランを繰り返している人はもちろんのこと、カンボジアやラオス、ミャンマーに拠点を置いて現地のビザを更新する人にも深刻な影響となります。

日本人の場合、ラオスとベトナムのビザなし在留許可は15日間。例えばラオスのビエンチャンに拠点がある人は買い物などでタイ側のノンカイ市へ来るときに、ビザなし入国してその日のうちにラオス側へ帰っていきます。新ルールでは、このような事例も例外なく制限されるので、注意しなければなりません。だからといってベトナムへ行こうとしても、ビザなし入国を行うと出国日から30日間は再度ビザなし入国することができなくなっており(前記事「ベトナム1月1日法改正!ビザラン対策に本腰か?」参照)、タイとベトナムを交互に行き来してビザなしでラオスに長期滞在することも難しくなる形です。

カンボジアについても、日本人だけに格安での取得が許されている1年(US$50)と3年(US$80)のマルチビザは30日ごとの出入国が必要となっており、ベトナムのビザラン制度をクリアするために1年に何回かはタイ国境へ来なければならないのが、2回までと厳しくなる訳です。

ミャンマーでも、ビジネスビザ保持者は当初70日間の在留許可しかもらえず、6ヶ月マルチビザを取得するには最低でも3回の70日シングルビザ満了経験が必要といわれ、取れるまでの間に必ずタイへのビザランをこなさなければなりません。

そうなると、この3カ国在住の外こもりすとは1年のうち、何回かは空路でのタイ出入国や、中国など第三国への空路移動、あるいは日本への一時帰国を加えなければならない計算になってしまいます。

2016年12月16日金曜日

外国人の観光ビザ手数料、7年ぶり無料に

外務省は、10月のラマ9世プミポン国王御崩御以来落ち込んでいる外国人観光客を取り戻すため、正規観光ビザの申請料金を期間限定で無料とする方針を決めました。観光ビザの申請料金が無料となるのは、2010年のタクシン派反乱劇直後以来7年ぶりのことです。

当初、12月1日(木)から2017年2月28日(火)までの3カ月間の予定で行われます。期間中は、すべての在外公館において正規観光ビザ(シングルエントリー)を希望する外国人に対し、申請手数料(1,000Bt.を現地の通貨に換算した金額を原則とする)を無料とします。中国・台湾・インドなど20カ国が対象のビザオンアライバル(TR15)については、本来2,000Bt.の手数料を半額の1,000Bt.とします。

(画像:在東京タイ大使館がHPに掲載した告知)

なお、マルチプルエントリービザ(TR-M)、ACMECSシングルビザ(カンボジアとタイの観光ビザを1枚で取得できる特殊ビザ)、各種ノンイミグラントビザおよびフルイミグラントIビザの新規取得、およびビザ有効期限の延長は、期間中でも有料となります。

一方で、12月31日(土)から周辺諸国からの陸路によるビザなし入国に制限が設けられます。ビザなし滞在の延長でも60日滞在できますが、1,900Bt.の延長手数料に加えて入国回数の制限が適用されるので、周辺諸国を旅行した後にタイへ戻って滞在を予定されている方は、必ず正規観光ビザを取得して戻られることをお勧めします。

2016年12月13日火曜日

梅宮貴子さん急逝!!若過ぎ41歳これからのはずが…

B級ニュースサイト『探偵ファイル』などで東南アジア関連の記事を手掛けられていたフリーライターの梅宮貴子(うめみやたかこ=本名:梅津貴子・旧姓=宮田)さんが、12月10日朝、大阪府四条畷市の実家で亡くなっているのを家族に発見されました。享年41歳。1990年代のベストセラー『41歳寿命説』を地で行くかのような余りにも早すぎる旅立ちに、関係者一同ただただ驚いています。

1975年(昭和50年)8月28日生まれ。小学校時代からMSXパソコンでプログラミングに親しむなど時代の最先端を進みますが、東京都立荒川工業高校(東京都荒川区)を卒業して社会人になると、突撃体当たり系のフリーライターとしてそれこそどんなテーマでも手を出すほどの破天荒ぶりを見せ、2001年には『梅宮貴子の実践!ネットアイドルのなり方・やり方・稼ぎ方』(エクシードプレス)という単行本を上梓。この本以降、「梅が好き」と旧姓の「宮田」から1文字ずつ取った、「梅宮」というペンネームを使うようになりました。

2002年(平成14年)、結婚。2ちゃんねるで知り合った旦那様とライブハウス『ロフトプラスワン』(東京都新宿区)で挙式するという相変わらずのハチャメチャな展開に、関係者はまたしても騒然となります。その後もオタク系サブカルチャーの担い手の一人として一部で熱狂的な支持を集めました。

一方で、タイを中心に東南アジアに興味を持つライターとして活躍の幅を広げ、2008年(平成20年)、カオサンで董事長ふくちゃんと出会います。当時、ホームレス状態ながらも弊誌編集に全力を傾けていた小生との交流は、死の直前まで続く彼女にとって貴重な時間になっていきました。

2016年(平成28年)8月、離婚し実家に戻った梅宮さんは、発達障害の一種であるADHD(注意欠如多動性障害)が化学療法を必要とするほどに悪化。子宮頸がんを発症しているかもしれないと周囲に漏らすなど精神的・肉体的にやつれていたものの、小生には

「2~3年かけてじっくり身体を治したらタイに移って、本格的にライター稼業でやっていきたい」

と将来の夢を語っていました。

しかし、12月9日(金)夜、就寝中に虚血性心不全を発症。10日朝に起きてこなかったためご両親が見に行ったところ、貴子さんの身体は既に冷たくなっていたとのことです。司法解剖の結果事件性はないと判断されましたが、人生の幕切れは余りにもあっけないというか、最も苦しまないと言うか。逆にFacebookでは

「誰もがネタかと信じて疑わなかった」

とも記述されるほどだったと言います。葬儀は12月12日(月)、近親者のみの密葬で営まれその日のうちに荼毘に付されたとのことです。

小生と梅宮さんが出会って、9年目の秋。まさかこのような形で、梅宮さんから先立つ形での今生の別れが来るとは思いませんでした。今頃は、お空の上で大好きだったお酒を酌み交わしながら後継世代に託せるネタを考えているのかもしれません。小生は、梅宮さんと交流する機会を得た人間として、彼女がこの世でやり残したであろう旅のネタを受け継ぐのが、弊誌Traveler's Supportasiaにできるせめてもの供養だと信じて、今後の編集に取り組む所存です。